70歳まで働く時代

定年後の嘱託社員でかなり自由度もあるので最近会社に革靴を置き、ウォーキングシューズで通勤している。帰宅時は一駅手前で降り、歩く。酒も月曜日から木曜日までは会食がない時は飲まないようにしている。節約と健康のためである。定年後も65歳ではなく70歳まで働かないとならないようなので考えを改めて体力の低下を食い止めなければならないようだ。しかし、大学卒業後、38年働き、更に10年となるとほぼ半世紀となる。まあこれからは人並みに生きられればと思うが、その基準は人それぞれだろう。私自身は普通に衣食住を確保出来れば別にお手伝いさん付きの豪邸に住まなくとも良いし豪勢な食事も不要だ。格差が問題視されているが、実のところ年収300万円も1000万円も大して違いはない、世の中が格差を煽っているだけだと思う。2000万円でもたとえばオークラの和牛フィレ肉ウェリントン風をいつでも食べたい時に食べられるかといえばそうでもないし、実感は湧かないが、1億円でもロマネコンテイも飲むとなると考えてしまうだろう。ただ働き方は公平であるべきで介護職のようにハードで長時間労働低賃金というようなことは国が主導する形で是正が必要だろう。自分自身は豆腐に納豆、更にもずく酢でもあれば十分だし、後は炊きたての白米に味噌汁で大満足である。要は金を持って何をしたいかであるが、どんなレジャーも長くは楽しめない、一瞬であるから旅行もレストランでの食事も楽しいのだと思う。サラリーマンとなり、海外の仕事を担当し留学、海外駐在もし、いろいろな世界を見ることが出来ただけでもラッキーだったし、もはや旅行は必要ないし、美食も不要だ。アキテーヌのフォアグラ、カスピ海キャビア、アルバの白トリュフと存分に楽しんだ。まだそこそこやる事があり、嘱託でも会社の健保で守られ、年間20日の有給休暇も確実に取れ、厚労省の老後モデル生活レベルで暮らして行けそうなので不満はない。ただ貧乏であることに変わりはない。今後は2022年の緑地法期限到来後に土地を買い、老人用の平屋を建て犬とともに暮らして行くつもりだ。自分には大した能力はなく、事業を起こす勇気もなく、ただサラリーマンとして入社3年必死に働くことくらいしか出来なかったのだが、能力を見切ったそれ以降は慣性の法則よろしく惰性で過ごせるので自分がしたいことがわからない若者は、条件の良い会社に入れるレベルの大学に行き、大きな会社に入り、自分が何者なのかわかった時点で能力に確信を持てれば脱サラすれば良い。目の前の事から逃げなければそこそこの大学には入れるはずだ。それなりの会社に入れば奨学金も問題なく返せるのだから尚更である。父も戦中戦後の貧しい育ちだったらしいが、旧制中学、旧帝大を出たお陰で上場企業の役員を長く勤めることが出来た。彼もラッキーな世代なのだろう。やる事がないなら、本を読み勉強するしか凡人には道はなく、何歳になっても自分を鍛え続けなければ外では勝負にならない。これが、これからの私の道でもある。
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