フランス

パリを始めフランス各地のデモは収まる感じがまだないが、あの国の人は基本キリギリスで仕事は苦役であり、人生は楽しむものだと思っている。当然のことだと思う。1984年フランス企業研修生としてツール市に派遣され、大学が始まる前に付属語学学校に入った。そこは人種のるつぼだった。読み書きは日本で受けた猛特訓で何とかなったが、聞き取りと個人発表には苦労した。社会人となり、会社と寮を往復するだけでひたすら下請け作業をやっていたせいか、ものを深く考えたこともなく行けというから来たという感じだった。授業中も発言したいことはないし、日本についてさえ語れないことに愕然とした。どんな26歳だったんだと本当に恥ずかしいし、こんな男が良くサラリーマンをやって来れたものだと思う。クラスメートはコイツアホかと思うことでも平気の平左でどんどん発言するし、間違えても何ともない顔をしている。フランスから帰る頃には、当たり前のことだが、自分で考え、自分として発言するようになっていた。やはり若い時に揉まれるのが大事だ。挨拶のキスも覚えて日本でやろうとして変態扱いされたのは苦い思い出だ。その変態とはっきりものを言う彼女と付き合うことになったが、結局親が決めたお嬢と見合結婚して大変な目に合うことになる。自分で決めることを覚えたのに日本に帰るとただの坊ちゃんに戻ってしまっていた。要は楽だったからだ。会社にさえ行っていれば何でもやってくれるし、お金も全部面倒を見てくれる。お嬢の家も金持ちだし、まぁいっかという安易で人生を甘くみた浅はかな考えで、墓穴を掘ってしまった。忘れたい過去の汚点である。フランスで覚えたことといえばワインだ、以来34年の付き合いで思えば良く飲んだものだ。お気に入りはシャトーパルメ、評価も高く安くないのは辛いが飲まずにはいられない。ワインを楽しく飲めるパートナーと残りの人生、フランス式に程々に働いて楽しく生きていきたいものだ。

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